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仙台ハイランドレースウェイでの走行会履歴 |
第1回 1996年 9月21日 タイム 2分25秒258 隣の家の飛田に誘われて、生まれて初めてのサーキット走行。トップの人はスカイラインGT−Rで2分10秒591だった。 自分の車がフルノーマルとはいえ、1600ccクラス(スターレットターボとかシビック、トレノ、レビン)の車に負けたのが超悔しかった。 この日、いつか1番になってやると心に誓い、インプレッサのチューニング計画が始まった。 (本人の頭の中には腕の上達という発想はなかったようだ。) |
第2回 1996年11月某日 タイム なし 雨の走行会というのは覚えているが、リザルトは紛失してしまった。 確か2分40秒台という記憶がある。周囲の中では結構速かったと思った。 「さすが4WD。」 肝心のチューニングはというと時間もなくて、フルノーマルのまま。来年がんばろう。 |
第3回 1997年 7月5日 タイム 2分24秒421 この年公私共に忙しくなり、走行会どころではなかった。 ただ、せっかく付けたブリットの「ジータ」とアペックスの「N1マフラー」でどこまで速くなったのか気になってしょうがない。 時間を都合つけてこの年唯一の走行会参加だった。 結果はさんさんたるものだった。「?」。悩んでいるところに大塚氏。「このクルマはもともとパワーあるべ。足だよ足!」。 さらに「ハイランドはテクニカルコースだべ。よっく考えろ。」 そうかサスペンションとかブレーキか。気付くのが遅かった。来年がんばろう。 |
第4回 1998年 5月8日 タイム 2分15秒158 満を待して迎えた’98シーズン。クルマは去年とは別物になっていた。 まず足廻りは、タクオリジナルサスペンション「オーリンズ車高調」。市販のオーリンズ車高調とは違うよ。 ノーマル形状のものを仕様変更で、ショートケース、ショートロッド加工に減衰力アップ。当然バネも直巻きのF10k、R8k。 ブレーキはプロジェクトμのN1をF、Rとも。タイヤはダンロップのD98JのSタイヤ。リアシートもはずした。 去年の反省を生かした足廻り中心のチューニングだった。 結果は満足いくものだった。結論として、タイムはサスペンション、タイヤ、ブレーキで大きく変るものと知った。 次回がすごく楽しみになった。 |
第5回 1998年 9月12日 タイム 2分12秒408 この頃から、自分の具体的な目標を掲げる様になった。「スピマイあ〜る(現レーシングテクニック)のサーキットランキングに載る!」 というものだった。この日は12秒台を目標にした。 前回と仕様が違うのは、ロールケージによる剛性アップとアペックスのスーパーインテークによるパワーアップ。 結果は満足のいくものだった。そしてついにトップの車が見えてきたのである。 1位は飛田NSXで2分5秒933。2位が坂野R32で2分9秒502。そして自分が3位。「あと少しだ。」 |
第6回 1998年 11月15日 タイム 2分12秒065 寒くなってきたのでタイムが期待持てた。しかし、ここでハプニングが・・・。 たまたま入れたアペックスのパワーFCをFCコマンダーで撚調をとっていたら高回転でノッキングが起きていることが判明。 プラグを見たら真っ白だった。危なかった。 寒い中、前のままでいってたら、ブーストが上がりすぎて燃料足らず大変なことになっていた。 あえなく、フルブーストの設定を下げて、レスポンス重視のセッティングを。 結果はこんなもんかなという感じだった。来年への課題が残る。 雑誌スピードマインド別冊レイテック」のサーキットタイムランキングに 投稿しラップタイムが載る。 |
第7回 1999年 4月3日 タイム 2分10秒031 ’99シーズンが始まった。昨年の課題は時間がなくてできなかった。足廻りを少し変えた。 バネのレートを前後とも2kずつ上げた。これは冬になる前ショックをノーマルに交換した時、ショックがフルバンプしてたことが判明したからだ。 あとタイヤを変えてみた。ブリジストンのRE540S。ホイールもボルクレーシングのTE37にした。 理由は特にないが、あえて言うなら昨年のジムカーナのチャンピオンカーがかっこいいと思ったから。 ラップタイム結果はこんなもんかなって感じだった。1位はまたもや飛田NSXで2分5秒651。2位は自分。 私が飛田を抜ける日は来るんだろうか・・・。ここでまたもやハプニング。ニューホイールが曲がってしまった。 履いたばっかなのに・・・。たぶんクーリング中、よそ見してダートおっこちた時だ。情けない。 |
第8回 1999年 6月5日 タイム 2分10秒81 ついに自己ベストタイム更新記録が止まってしまった。(なんてことだ!) ただ、せめてもの救いが、予選1位だったこと。決勝でもポールトゥフィニッシュで優勝だった。 しかし、素直に喜べなかった。 その理由として、本来いるはずの飛田NSXが不在で、タナボタ1位だったこと。 ラップタイムが記録更新できなかったことがある。クルマは前回とほぼ同仕様であったため、 自分の腕に頭打ち感がよぎり、将来に不安が・・・。なんて暗くなっている場合でない。 これで「10秒の壁を切る!」と大口叩いて3回目の失敗。 今度は冷静に考えてトライすることにしよう。(腕が駄目だからチューニングがあるんじゃん!) |
第9回 1999年 9月5日(日) タイム 2分10秒367 初めてショップ走行会以外の走行会に参加した。 雑誌レイテック主催の通称「あ〜るカップ」である。 かねてより、よその大会にでたいなあと思っていたが、 あまり遅いとやだなあという気持ちもあり、重い腰を上げての参加表明。 やる気になったのは、前回の地元のショップの走行会で初優勝したから。 優勝を経験すると、強くなるというのはスポーツ界ではよく言われること。 自信を持って参加した。現在の持っている実力だと、 「あ〜るカップ」では6位入賞できると踏んだからだ。 結果予選6位の決勝5位。タイムも「ま、こんなもんかな。」でした。 面白かったのは、レースで前のクルマも後ろのクルマもつかず離れずで、 同じくらいの速さだとバトルしてるって感じを経験。楽しかった。 |
第10回 1999年 10月2日(土) タイム 2分9秒419 ついにベスト更新。やっと10秒切ることができた。 大きな仕様変更もせず、サスペンションと空気圧のセッティングだけで臨んだ。 走り方も少し変えてみた。変な話だが、ブレーキもアクセルもあまり強く踏まなかったら、 ポンとあっさりベストタイム。いままで立ち上がりでアクセル踏み過ぎてたんだろうか。 さて、実際この辺が腕もクルマも限界を感じ始めている。 次に9秒を切る自信は全くない。いよいよ、グレードアップかなあ・・・。 インプレッサの抱える問題点多し。リアデフ、ギヤ比、インジェクター容量不足・・・あああああ。 ちなみに、よく言われるガラスのミッションは私の場合、トラブル皆無。 大当たりのミッションだったんだろうか。 |
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